支援SS

再生

「これは、一つの可能性」

倒れこみ、頭を強打した痛みは気にならなかった。そんなささいな痛みよりも、心臓を打ち抜かれた衝撃がすべてを上回っていた。
背後に聞こえる機銃の音も、自分の胸から流れる血の匂いもすべて感じられない。
あるのはただ、急速に消えていく自分の意識だけ。
「かっこつけ、すぎちゃったかな。」愚痴を言おうにも唇はかすりも動かない。
音も寒さも消えうせる。
急速に痛みが薄れ、同時に思考が曖昧になる。
ああ、これが死ぬってことなんだ、
漠然とした恐怖が脳裏をよぎる。
人として、巫女として、自分はうまく生きてきたのだろうか、そんな思いはすぐに消え、最後に思ったのは
「ロード、レ」
その言葉は、自分にも聞こえなかった。


闇の中で、ウサギの姿を見た気がする。


両手がぎゅっと握られている。
なつかしいぬくもりを感じながら、ゆっくりと眼を開けた。
静かな部屋だった。夕暮れに染まる、巨大な家具が詰まった空間。
先ほどまでの大空の上、飛行甲板とは明らかに違う場所だった。
手の先を見る。自分の手を包む華奢な手。その暖かさにドキリとした。
大切なものを守るかのようなしぐさに、手を離せないまま視線を上げる。
きれいな、人形だった。
豪華な緑色のドレスを着た、等身大のアンティークドールが目の前に眠っていた。
腰まで伸びるさらりとした亜麻色の髪が夕日に映える。魅入られるようにそっと顔を眺める。
静かに眠っている。美しさの中に可憐さを残したあどけない顔立ち。
その穏やかな寝顔の中に、ほんの僅か、悲しみが浮かんでいる、気がした。

「…あ、れ」見当違いの台詞が飛び出す。
夢?そうだよね?静かだし。ここはアルクス・プリーマの部屋で横を向けはぶさいくなぬいぐるみを抱いたロードレが眠って
いない…そこには白い壁があるだけだった。
「えーとまずこうゆうときは分かっている状況を考えるときで、
鼠を捕まえるにはチーズよりもパンくずのほうが良く、
じゃなくって、酸を落とすのは汚れが有効、じゃなくて
今は戦闘中で被弾して飛行甲板の上に不時着して
わらわらと巫女に囲まれていっぱい兵がでてきて胸を撃たれて、、、!」
胸を見る。青い服に血の痕跡は無い。…青い服?
視線を下げ自分の姿を見る。着ていた戦闘服ではなく、青を基調としたどこと無く見覚えがある服装がそこにあった。
(どこかで、見た服…)

かすかな手の動きが思考を中断する。あわてて正面を見ると眠っていたドールの眼がゆっくりと開いていく。
寝ぼけまなこな大きなオッドアイが自分を見つめる。
「蒼星石…?」かわいらしい声が部屋に響く。ゆっくりと握られていた両手に力が込められる。
ルビーとエメラルドの瞳が迫る。心なし潤んでいる瞳に自分の顔が反射して映っている。
「!」その瞳に映る姿は、16年間見続けていた自分の顔とはまったく異なっていた。だがそのことを深く考える前に、
「おきているんですぅ
「眼をあけているんですぅ
「動いているんですぅ
「生きているんですぅ」
突進してきたドールに押し倒されていた。

天井が高く見える。押し倒されながらぼんやりとそう思った。
緑のドールの涙が頬を伝わって流れてくる。熱い、涙だった。
「眠っていただけなんですぅ
「ローザミスティカなんて取られてなかったんですぅ
「毎日毎日、手を握っていたですぅ語りかけてだですぅ話しかけてたですぅ
「生きているって、生きているって信じてたですぅ」
うぁんうぁんと泣きながら抱きつくドール。さして重くは無いので気にはならないが、さすがに状況が分からないで泣かれるのは変な気持ちになる。
「ちょ、ちょっとおちついて」何とか体勢を持ち上げて起き上がる。耳で聞こえるその声は、間違いなく自分の声であった。
「…?」きょとんとした趣で自分を見つめるドール。その顔には怪訝そうな表情が映っていた。
泣かれるってことはこの子とは知り合い?いやその前に人形がしゃべること自体がおかしい、
その前に服装が違ういや顔も違うし体が妙に軽いし傷跡もないし???
さまざまな疑問が一気に湧き出し、パニック状態になりかけた。
「…」
「…」
気まずい体勢のまま向き合うこと数十秒、沈黙を破ったのは緑のドールの方からだった。
「蒼星石、私の名前、いえる?」
かほそい、だが力のこもった声だった。慌てた心を落ち着かせ、じっくりとドールを見つめる。
「…」当然分からない
昔ロードレの家で、あやしげなぬいぐるみに混じって立派なアンティークドールは見たことはあるが、個々の名前までは分からない。
それ以前に、しゃべって動くドールがある時点で非常識…と考えるまもなく
「ねえ蒼星石、起きだばっかりだから寝ぼけているだけだっていって」
うつむいたドールの表情は良く見えない。
「記憶喪失になっちゃった、でもいいよ。」
声が震えている。なんともいえないプレッシャーを感じ体が自然に後すざりする。
「感じないんですぅ、蒼星石のココロが」
うつむいていた視線がゆっくりと上がる。手にはいつの間にか金の如雨露が握り締められていた。
「あなた、蒼星石ではないです」
悲しみと憎しみが混ざり合った瞳が睨みをきらす。
「あくりょうめ」
危険、きけん、キケン、激しいプレッシャーが前方から掛かる。
「蒼星石の体から」
如雨露を振りかざす。
「でていけやがらですぅ」
何も無い空間から蔦が、勢いをつけて壁に刺さっていった。

体か感じるまま足を左に蹴る。刹那、左頬に鋭い風圧がかかる。
「つっ!」
体が軽い、そう思うまもなく新たな蔦が勢いをつけて向かってくる。
部屋の四方八方から突き刺さる蔓の動きに、避ける動作が厳しくなる。
「くそ、なんだっていうんだ。」
理由も無く攻撃を仕掛けるなんて、と愚痴をこぼそうかと思った瞬間
(まず状況を確認しろ、考えるのはその後で良い)
ふと、同僚だった金髪の巫女の台詞が頭をよぎった。そう、おちつけ、まずは分かる範囲での状況確認だ。
間合いをとりつつ辺りを見渡す。
広い部屋、壁にはタンス等家具があるものの中は平坦だ。その中央に緑のドールがいる。
床からは巨大な植物の本体がせり上がり、その端端からは細かい蔦がうじゃうじゃとうごめいている。
「あくりょうめ、おとなしく、つかまるですぅ」
ふりかざす如雨露と動き同じく蔦が向かってくる。動きは速いが根元さえ分かれは避けるのはたやすかった。
なんなく右によける。
「とはいえ」
向こうの蔦の数はほぼ無数。ドールは興奮して会話が通じる状況ではなし。こちらは手ぶら。
それ以前に自分の置かれた状況がまったく不明とあっては長期戦は不利である。
「なにか、切るものがあれは…」
さっと視線をめぐらすが都合よく武器があるものではない。
「すきありっですぅ」
「!」ほんの一瞬の油断が判断の遅れを生んだ。勢いをつけた蔦が目の前に迫る。左右に飛ぶにも、後に下がるのも間に合わない。
「くっ、切るもの!」体を守るように両手を前に突き出した。

「やったですぅ、て、なんで」ドールの叫び声が響く。体を捕らえるはずだった蔦は、巨大な、背丈ほどもある鋏により真っ二つになっていた。
「その鋏は、蒼星石の」わなわなと震えだすドールの声をよそに、突然手に現れた鋏を見つめる。
その巨大さには合わない軽さ、いや重さ以前に自分の体の一部のような親近感がそこにはあった。
「シュッ」軽く手を振る。正面から突っ込んできた蔓をあっけなく切断する。
「蒼星石の鋏まで、かってに玩ぶなですぅ」
怒りに燃えて蔦を突進させるドール。速くても単純な攻撃なので避ける、切るのは楽だが数故に近づく方法が無い。
「消耗戦は、不利か」そもそも自分がおかれた状況がまったく不明なまま戦うのは無謀。
外に逃げるか、とも考えたが背を向けた状態で蔦の攻撃を避ける自信は無い。
「なにか近づく手段があれは」考えた瞬間、懐かしい浮遊感が頭をよぎる。
「…トランク?」部屋の片隅にそれは合った。手に持った鋏以上に巨大な、人一人入れそうな大きさのトランク。
来い、と念じたわけではない。自然に足元にトランクが飛んできた。
蔦を避けつつトランクに飛び乗る。乗った瞬間はふらついたが、すぐに体勢を整え浮かびあがる。
「トランクまで奪ったですぅ」叫ぶドールの攻撃を避けながらトランクを動かす。
最初は小船に飛び乗った直後のようにふらふらと動いたが、すぐに思い通りに動くようになった。
円を描くイメージをとる。トランクは狂いも無く円を描いた。
「シミレより簡単かも」
5秒ほどで飛行の方法を理解した。意思のみで動かせるトランクがあれは、この勝負、勝てる。

「ちょこまかと、うるさい動きですぅ」
部屋をくるくると回るトランクの動きに、緑のドールはいらだっていた。
部屋の壁は穴が開き、タンスは倒れ、ひどい状態になっていた。
「こうなったら全力全開ですぅ」
ありったけの力を如雨露に込め、振りかざす。今までの数倍の量の蔦が、猛烈な勢いでトランクに迫る。
「きた」最大攻撃の気配、これを待っていた。
向かってくる蔦を中心に、螺旋を描くように回転する。その勢いのままトランクごと中央のドールにぶつかる軌跡をたどる。
「あたらないですぅ」さっと避けるドール。トランクはその勢いのまま壁に向かって飛んで行き
「波頭の」「えっ」物理法則を無視して急旋回したトランクが螺旋の渦の中央を遡って飛んで来る。
避けようにももう間に合わない。
「ぶ、ぶつかるですぅぅぅ」
「リ・マージョン、なんてね」
体当たりを受けた緑のドールはなすすべも無く吹き飛んだ。

「トランクごとぶつかるなんて、ひどいですぅ」トランクを降り、床にうつ伏せにのびたドールに近寄る。
中央にあった植物は消え、如雨露は部屋の片隅に転がっているものの油断は出来ない。
慎重に近づき問いただす。「あなたが先に攻撃をしてきたからでしょう」
威嚇のためドールの顔先に鋏の先をあて、ようとして手が止まったした。
(人に向かって刃先を向けてはダメ、だよね?)
その躊躇が油断だった。
「すきあり、ですぅ」
BEACH FLAGSの選手のごときスピードで跳ね起きたドールにタックルを食らう。弾みで手に持っていた鋏が吹きどぶ。
足元にしがみつく力は強靭で、抜け出すことは出来なかった。
「あなた蒼星石じゃないですローゼンメイデンでないです」
見上げた顔には怒りでも悲しみでもない表情が浮かんでいた。
「蒼星石じゃないです妹じゃないです他人ですたにんです悪霊ですあくりょうです」
口調が怪しくなる替わりにしがみつく腕に力がこもる。
「他人だから何をやってもいいんです剥いてもいいんですむいでもいいんです」
輝きに満ちた瞳は、つい最近どこかで見た気がした。
ズボンに手がかる。「ちょと、なにを」
「うるさいですぅ、おまえのようなあばすれには腰布3回転半まきまきあーれーの刑で
口から腕をつっこんで奥歯ガタガタにしてから魂引っこ抜いて違う世界見せるですぅ」
言葉の意味は良く分からないが一応貞操の危機のようだ。
もっとも相手はドール、無抵抗のままやられるわけにはいかない。
「脇があまい」
胸元に手を当て体勢をひっくり返す。そのままの勢いで襟首に手を入れる。
「な、なにしやがるですぅこのへんたいっ。」
「悪いけど、肉弾戦は得意なの」
すでに相手がドールだとか自分の状態は何なのかはどうでも良かった。目の前の敵を倒す、それが目的。
「このまま服ひっ裂いてマージュ・プールにたたきこんであげましょうか」
「そう、プールが好きならちょうど良かったわ」
「え!」考えるまもなく多量の水が頭上から叩き込まれた。

「野良猫退治用にバケツに水を用意しておいてよかったわ。」

「ジュンはともかく、のりが見ていなくて良かったわ。こんなのばれたら、また食事抜きのところだったわ。」
部屋の時間を巻き戻す、という荒業により破壊された部屋は元に戻ったものの、濡れた服は乾かなかった。
「いきなり水をかけるなんて、ひどいですぅ」
「猫同士の喧嘩を止めるのは、水をかけるのが一番だわ」
赤きドレスを着た金髪のドールが、下着姿にぶかぶかのタオルをまとった緑のドールをなだめていた。
ほほえましい光景をぼんやりと眺めながら自分にかかったバスタオルをそっとはずす。下着姿の下、胸元に銃痕はなかった。変わりに、
「間接が丸い…」
そっと手でなする。本来骨があるべき箇所は、金属とも樹脂とも取れない不思議な球体が存在した。
「人形、だよね、これ」
意識して関節を曲げる。頭で考えたとおりに、球体が回って動くのを不思議に見続けた。
不意に良い香りが鼻元をくすぐる。
「アッサムティーよ、私が入れたのだがら、飲みなさい。」
命令形である。ただ口調に対して、覗き込んだ瞳は柔和だった。
「…いただくわ。」かわいらしいカップを手に取り、ゆっくりとお茶をいただく。ほのかな香りと甘い匂いが口の中に広がっていった。

「ジュン達が帰ってくる前に一通り挨拶しておくわ。わたしは真紅、誇り高きローゼンメイデン第5ドールよ」
赤きドールは凛とした調子で語りかけた。その瞳がバスタオルに包まった亜麻色の髪のドールに向く。
「なっ、だれが泥棒猫あいてに翠星石の名前を教える必要があるんですぅ。」
「…」「…」「…名前、自分でばらしてるわよ。」
気まずい空気が流れる。
「…さておき、あなたから話を聞く前に名前、教えてくれるのでしょ?」
有無を言わさぬ、迫力のある声が部屋に響く。もちろん状況以前の問題として、名前はいうつもりだ。
「私は、」立ち上がり、姿勢を正した。そしてはっきりと、誇りを持って答えた。
「コール・テンペストのシムーン・シヴュラ、マミーナよ」

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